3.11震災被害、その性質と背景、格差の問題など

現在執筆中の原稿のためのメモもかねて、震災・原発事故等について簡単にまとめてみる。
尚、この投稿は、作成していただいたこちらのTogetterを元に作成している。
http://togetter.com/li/243557

また、ここでの内容は、早稲田の田中幹人准教授(@J_Steman)とのグループとの議論や共同でやっている調査を背景にしております。


※標葉の専門は、科学技術社会論と科学計量学であり、災害研究ではありません。論点としては、どうしても、それらの分野や隣接分野における議論や想定している事が多くあり、それがバイアスとなっていることは十分考えられます。また関連データの取り扱いにおいても標葉の方の不勉強による不備があることも考えられます。その点、ご了承ください。

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今回の3.11複合的災害は、地震津波原発事故という異なる性格を持った被害とリスクが入り混じっている。しかし、一つ必要な作業としては、被害の状況と性質、そしてその構造的問題を把握すること。それは今後の復興を考える上でも一助となると考えている。
議論の足しになれば幸いである。

まず主な被災地である東北3県の人的被害・建物被害の状況を確認しておく(2012年1月12日までに自治体が公表したデータに依拠)。
東北三県だけで16000人を超える方が亡くなられ、数多くの建物被害、また経済面への被害がでている。

そして、瓦礫の山や丘は津波被災地の各所で見られ、まだまだ進んでいない。また破壊されたままになっている場所も数多い。
これらの甚大な被害、まだまだ続いているという認識が全ての議論のスタート地点になる。
(例えば写真は11月時点での宮城の野蒜駅と付近の瓦礫集積所)。


そして地震津波の甚大な被害に加えて、原発事故が事態をいろんな面で厄介にしている。
先ほどあげた東北三県被害概況でも分かるように、多くの避難者がいる状況となっている。
図は福島県における県内・県外避難者数の推移(推定)


繰り返しになるが、今回の複合的災害は、被害範囲と被害の種類が広範囲に渡ることが特徴だが、場所によってその性質は全然異なること、またいずれにせよまだまだ多くの問題や課題が残っていること、現在進行形の問題であることは忘れてはならない。


ここで被害の状況とそれを巡る背景にもう少しだけ立ち入ることにする。
その際の私の最初の問いは、特に大きな被害に見舞われた地域は一体どのような場所だったのか?ということ。

ここでは、例えば階層や階級に応じたリスク分配の不平等構造の話が念頭にある。
阪神大震災の時に、生活保護受給者の死亡率が兵庫県平均の5倍にもなったという話も嫌な話だが想起せざるを得ない。

そこで、ひとまず大味で雑な調査だけれど、特に津波の被害に注目して各自治体の経済状況と人的・建物被害の割合を調べた。


まず次の図は、東北三県沿岸部37自治体の人的被害の割合(人口に対する死者の割合)と一人当たり市町村民所得(自治体の総所得を人口で割ったもの:事業所所得も入るので、あくまで自治体全体としての所得の指標)


なお各自治体の人的被害率と建物被害率をプロットしたばあい(自治体名の下は一人当たり市町村民所得(千円))、当然というと嫌な気分になるが、高い相関関係にある。


では、特に被害の大きかった地域はどのような地域背景をもっていたのか?
先にアップしたデータでは、一部の比較的財政に恵まれた自治体(残念ながら福島の原発立地自治体であるが、これらを巡る構造的問題はひとまず置いておく)がデータを見にくくしているので発電所というインフラの無い東北沿岸部の自治体に絞ったデータを今から二つほどアップする。


(非原発立地地域における)人的被害割合と一人当たり市町村民所得


(非原発立地地域における)住宅被害割合(半壊+全壊)と一人当たり市町村民所得



なお、これらの二つのデータの傾向は別の財政指標(自治体の財政指数)で取っても同じ傾向になる。
勿論、また津波の高さなどの影響もあると考えられるが、(観測地点によって異なるものの)分かる範囲での津波の高さや浸水面積割合といったデータでは被害と明確な相関は見出しにくい所もある。
しかし、津波の浸水範囲概況にかかる人口割合と死亡率の間には高い相関が認められる(自治体名の下は、一人当たり市町村民所得(千円))。


これらの結果から、少なくとも、被害の大きかった自治体は相対的により経済的に脆弱な地域であったということが分かる。経済的な脆弱性がそのまま被害の原因に直結するとは限らないが、一つの重要な背景にあったとも考えられる。

災害の被害を考える際には、社会構造上の問題、地域が抱えてしまっている脆弱性に目を向ける必要がある。

被害の大きかった地域では、浸水地域の面積における人口密集度が大きいことも、被害のあった地域の状況、ある種の脆弱性の一面を表しているとも考えらる。

被害の大きさと自治体の産業構造・年齢構造には、次の傾向にあることが分かる(相関が高い)。
第一次産業従事者が多い自治体ほど被害が大きく、高齢者が多い自治体ほど被害が大きく、第一次産業/高齢者が多い自治体ほど財政的に貧困である」 


今回の被害の裏には、被災地域(第一次産業地域)における高齢化と貧困の問題があると言える。
また実際に、今回の東日本大震災で亡くなられた方のおよそ65%が、60歳以上の方であった(内閣府2011防災白書・・・リンク先参照)
http://www.bousai.go.jp/hakusho/H23_zenbun.pdf


貧困層、高齢層が災害の被害者、災害弱者になりやすいといったことは阪神淡路大震災をめぐっても度々指摘されてきた事柄であるが、今回においてもそうであった。
そして、これらは、日本社会における格差の問題に繋がっている。


被災地をめぐる被害と経済の格差の問題と復興を考えるにあたり、それらを取り巻く問題については、(これも様々な方が度々言及されていることだが)阪神淡路大震災における長田区の事例が教訓を与えてくれると考えられる。
長田は、阪神震災において最も多くの全焼建物が出てしまった地域である。

震災後、奇跡の復興を遂げたと言われる長田であるが、その復興と再開発の陰で見過ごされて切り捨てられてしまったものは何かを見ることは、今回の震災を考える上で重要な視座を与えてくれる。まずは、長田区における人口の推移を見てみる。



震災直後、十三万人台だった長田区の人口は九万人代まで減少している。そして、その後、少し回復するが再び減少し、現在までに十万人を少し超えるくらいの規模で推移している。ではこの減少した人口は一体どういう層であったか?

長田区全体の調査ではないが、例えば、田中・塩崎(2008)による神戸市長田区卸菅西地区の人口動態追跡調査の結果によれば、1994年に長田区卸菅西地区に居住していた382世帯の内、震災後の1995年にはその8割にあたり308 世帯が転出している。また現在においても世帯数は震災前の半分程度にとどまっており、しかもその内の約6割にあたる117世帯が地区外からの転入である。
震災以前から震災以後においても同地区に居住を続けている世帯は震災以前の2 割程度である。
 また岩崎らによる長田区の鷹取東地区における事例調査においても、震災前の同地区6町内の総世帯数が669世帯であったのに対し、震災後4年を経過した1998年2月点において震災前と同じ地域において生活を再建できた世帯は161世帯と、元の3割に満たないことが報告されている(岩崎ほか1999)。

http://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/73/629/1529/_pdf/-char/ja/
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/00317548.pdf



要するに、長田区の事例では復興の際の再開発において、貧困層の排除が発生してしまった。復興に伴う都市計画において、その恩恵が元からの住民にきちんと行きわたるわたるではない一つの事例と言える。復興に際しては、このような都市計画・復興計画に伴うインパクトに注意しなければならない。
 都市計画が持つ政治性については、ラングドン・ウィナーが「人工物の政治性」において論じている問題だが、(意図せずにせよ・意図的にせよ)トップダウンで実行される都市計画と復興計画が持つ(持ってしまう)政治性については、私自身、注意して見ていきたい。


ここまでをまとめると、
今回の震災において、一つの底となる問題は、「格差」であることは今までに述べた通りである。被害格差、経済格差、復興格差といった様々な格差の問題が見えてくる。

しかし、もう一つ今回の震災で重要な側面として、「情報格差」がある。

ここで言う「情報格差」というキーワードを巡っては、二つの問いを提起するもの。

①「今回の災害において生じてしまった情報弱者とは誰か?」
②「震災・原発事故をめぐる情報の中で生じた話題への関心の集中・格差はどういうものか?」


①「今回の災害において生じてしまった情報弱者とは誰か?」については、被災地について調査したデータは持ち合わせていないが、総務省による「平成22年度通信利用動向調査」にあるデータが一つの側面を強く示唆していると考えられる。 
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/110518_1.pdf

今回の震災・原発事故においては、既存のマスメディアに加え、ブログやWebマガジン、TwitterFacebookなどのネットメディアが情報の流通に大きな役割を果たした。
しかし、総務省の調査を見ると、特に後者のネットでの情報収集・利用については、以下の傾向が見られる。


①高齢者になるほどネット利用率が落ちる(H22年末調査でh、60-64歳では70.1%、65−69歳では57.0%、70−79歳では39.2%、80歳以上では20.3%)

②低所得世帯におけるインターネット利用率が低い(二百万未満では63.1%、200〜400万では68.6%、一方600万以上は軒並み80%を超えている)

③地域別ネット利用率を見た際、(東北三県内でも格差があるが)首都圏や関西都市圏に比べてやや利用率が低い。特に岩手は低い傾向にある。


以上3つの事柄、①高年齢層ほどネット利用率が低い、②低所得層ほどネット利用率が低い、③大都市圏に比べ東北地方は全体的にネット利用率が低い、これらの事柄と、先までに示した震災被災地域の社会構造や被害の大きかった年齢階層を考えると、今回の災害弱者が同時に情報弱者でもあったと想像される。
 いずれにせよ、この複合的災害において生じた情報弱者への視点は、情報流通、ジャーナリズム、コミュニケーション、いずれの視点においても必要不可欠になるものだ。



そして「情報格差」を巡るもう一つの側面 「震災・原発事故をめぐる情報の中で生じた話題への関心の集中・格差はどういうものか?」。一つは、こちらのデータがシンプルだけど示唆的。

朝日新聞地震津波原発キーワード登場比率の推移


またキーワードネットワークを時系列に描いてみたものをみると、次のことがわかる。

①最初の一週間は情報が整理されずとにかく投げ込まれていた状況であった
②時間にそって話題が整理されていく
地震津波原発に関する話題は緊密なネットワークを形成していたが1月半ほどで分かれはじめる 

※これらの元データについては、こちらのエントリーを参照のこと
http://d.hatena.ne.jp/r_shineha/20111121/1321872514

これらのデータや、早稲田の田中幹人さん(@J_Stemanさん)が集めているデータなどを見ても、震災発生後直後の1月の間において次のことは言えそう。

「震災後の初期一か月程度において、地震津波の話題は原発に呑まれてしまった」

このことは、災害があぶり出し、且つ裏に抱えていた様々な問題を見えにくくしたかもしれない。この傾向はネットメディアにおいても総じて同じであった。
このことは、災害があぶり出し、且つ裏に抱えていた様々な問題を見えにくくした可能性がある。また、社会におけるアジェンダ構築の問題でもある。

※震災後、最初の一月半の間、マスメディアとネットメディアにおける話題の中心の変化の傾向は似通っている。しかし、その後は若干の変化がみられる。ここから先については、早稲田大学の田中さん(@J_Steman)の登板をお願いしたい所。


結局のところ、本当の意味で震災からの復興やら対策を講じたいのであれば、地方における「格差」や「貧困」の問題は避けて通れない。やるのも、考えるのも今だと思う。
(力不足も良いところだが、私もせめてできることをしたい。調査もするし、各所にデータを出したりもするし、御用仕事もする)

当然、原発事故は重大な事態。
同時に地震津波の爪痕はまだまだ癒えていない。
どちらも現在進行形の問題で、いろんな問題、また社会構造上の課題を含んでいる。
それと同時に、今議論を行っていく中で、見落としやすくなってしまうもの、切り捨てられてしまうものを拾い上げて行く必要もやっぱりあると思う。